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Sun2015.08.02

ハイヒールを履いたシャーマン

楽しかった西日本旅、旅のお供はこの本でした。
「ハイヒールを履いたシャーマン」アンナ・ハント
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旅に出る前に、座禅断食の野口法蔵さんの本を買いに行ったんですが、静岡で一番大きい書店にはたった1冊しかなくて、私が読みたかった本はなし。こういうところは田舎なんですわ〜。特にスピ系の本は少ない。

東京の書店では、今やスピ系コーナーは拡大の一途だけど、まあ都会には病んでる人、悩みを抱える人が多いってことね。
東京の人はニューヨーカー、田舎の人はイタリア人。イタリアってローマもミラノも結局田舎だから、国全体が「大いなる田舎」。皆、美味しいもの食べて楽しく暮らしてる。刺激はないけどね。
まあ、どっちがいいかは好みってことで・・・・・・・

私はたまには刺激が欲しいんです。長らく刺激たっぷりのファッション業界、マスコミ界に足を踏み入れていたこともあり、程良い刺激はたまに欲しい。というか、刺激を求めて、そういう業界に入ったワケだし。
私にとっての「刺激」って何か?ーというと「人」です。

そして、この「ハイヒールを履いたシャーマン」のアンナ・ハントは、まさに刺激漬けのロンドンでセレブ取材なんかをしていた完全な刺激中毒の都会人。
大好きなお茶が「ラプサン・スーチョン」だったり、出て来る固有名詞が慣れ親しんだものばかり。タイトルと表紙がスピ系にはない仕様なのも気に入って買ったのでした。

内容は、表面的なことにばかり気を取られて自分を見失っていたアンナが、ある日決心して休暇を取ってペルーに行き、そこでシャーマンのマキシモに出会い、自分もシャーマンになるための修行をするという話。まあ、よくある話です( よくはないか??)。

アンナはシャーマン修行を終えてロンドンに戻ったら、セレブ取材の仕事はやめて、別の分野のライターをしながら、ニーズがあればセッションやワークショップをするーという生活。
金持ちでイケメンだけど、鼻持ちならない彼とは別れたけど、他の友人達とは前と変わらず付き合ってます。
相変わらず、ハイヒールも履くし、オシャレもするし、シャンパンも飲む!!
そうでなくっちゃ!ーです。

東京に居た時、数々のスピ系ワークショップに行き、それが高じてインドのディクシャギバー・コースなんかにも参加したけど、結局その時知り合った人達とは、先生含めてほぼ付き合いがない。なんでかっていうと、やっぱりカルチャーが違ったんです。
表面的な文化(何を好んで食べるか、着るか、振る舞うか)ということにも、あまり共通点がなかったけど、それよりも大きいのは、スピ系の皆さん、コミュニケーション能力が低い人が多かったんです。

人は皆それそれ違うから、コミュニケーションを取ることで理解し合うはずなのに、自分のことを理解してもらおうとする熱意もないし(「私のことなんか興味ないでしょ?」っていう自己卑下?) 、人を理解しようとする好奇心もない。そんなんだったら、人とコミュニケーション取れずに行き詰まって、職場や家で悩みを抱えるのは当たり前。
それで苦悩して、スピ系に来るんだけど、「何とかしてもらおう」って気持ちが強くて他力本願だから、「変わりたい」と言うくせに、自分は変わらないから、問題も解決せずにますます堕ちていくーみたいな悪循環に。
結局、自立してないから、自分の意見がないし、自分の意見がない人とは話しても面白くないから、付き合えなくなってしまう。
もちろん、すべてのスピな人々とは言いませんが、こういう人多かったです。

オシャレすることは自己表現だし、私はひとつのコミュニケーションの形だと思う。
だから自己卑下の人はしないんだよね。「私なんか何着ても似合わないし」みたいな?まず、鏡に映った自分をちゃんと観ることから始まるから、鏡に映ったありのままの自分を観ることが出来なかったら、オシャレどころじゃない。
私が一番最初に通ったヒーリングでは「鏡のワーク」ってのがありました。私はそれ受けていないんだけど、後から行った友人達 (私の話を聞いた人が続々そのヒーリングを受けました)が、「鏡で自分を観るだけなんだけど、すっごい苦手。ホントにやだ!」って言ってました。この人達、決して自己卑下強くないエディターやスタイリストの方達。そんな人達でも鏡に映る自分を直視するのは難しいんです。
オシャレは「見た目を取り繕う」と言われてしまって、中身のない人がすることのように言われることもあるけど、老人ホームに入って廃人みたいになっちゃったお婆さんが、メイクすることで女性である楽しさを思い出したり、オシャレした自分がちょっと綺麗に見えたら、「外に出よう、行動しよう」と社交性を取り戻したり、外側を作ることで内側が変わることも実際あるんです。

著者のアンナも言ってるけど、SATCのキャリーみたいな人でスピ系っていう人はほぼ居ない。でも、この本の中に出て来るシャーマンのマキシモなんて、ちゃんと儲かってるからオシャレもしてるし、なんせカッコいい。意識高い人は、持ち前のルックス関係なく、トータルでカッコいいと思わせる何かがある。人は外見に、その人が全部出ると思う、私は。
そして、本の中にはカッコばかりギラギラの自称シャーマンも出て来たけど、そういうのは怪しさが全面に出ちゃうから、偽物だってすぐバレるし、本物はどんなカッコしてようが清々しさがあるものです。
スピ系だからって、お金に無縁だとか、オシャレしないとかないから。

と、常日頃、スピ系に対して腑に落ちないことが多々あったけど、こういうシャーマンの在り方でいいんだーと再確認させてくれた本でした。
著者のアンナは「悟った」みたいなことは一切書いていません。「悟る」って言葉も簡単に使うもんじゃないよね。まだ「自分を探す旅の途中」って感じ。
ペルーではスピリチュアルなワークに、ハーブを使って変性意識状態にすることがあるようで、それには興味津々!南米まで行かないとできないので、すぐにはないけどね(笑)。




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